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静岡地方裁判所 平成5年(ワ)207号 判決 1995年3月10日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  事故の発生

請求原因1記載のとおり、本件練習場で本件事故が発生した事実及び原告が本件事故によつて左眼打撲、左外傷性前房出血、左視神経管損傷等の傷害を受けた事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故時における原告の位置を含め、本件事故の態様を検討する。

1  本件練習場及び被告打席の状況

《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件練習場は、二階建てのいわゆる打ちつぱなしのゴルフ練習場で、本件事故の現場である一階部分は、打撃練習をする場所と受付ないし休息する場所とがガラス戸等で仕切られて分離され、右打撃練習をする場所の状況は、グリーン方向に向けて一列に直角に交わるように各打席が配置され、各打席の後方には各打席間を移動するための通路部分が明確に色分けされて設けられ、右通路部分と各打席との間には目測にして約一メートル余の幅をもつて分離帯が存在し、右部分には各打席利用者用と認められる椅子が一脚ずつ設置されている。その分離帯の部分から若干の段差を下がつて各打席が設置されているが、各打席部分は、隣接する打席間も含め全面人工芝が敷き詰められており、各打席の範囲は、左右が後述する自己打席用と隣接する打席用のセット機二台により、後部分は通路、前部分はグリーンによりそれぞれ区切られており、各打席の状況はいずれも同一と認められ、別紙三記載のとおりと認められるが、被告打席について適示すると、横二・三八五メートル、縦三・四七メートルの範囲を有し、前記段差より〇・八メートルの位置からグリーン方向に向け、長さ一・五メートルの被告打席用のセット機が縦に一台ボルト様のもので床に設置固定されている。他方、打撃位置には原告打席用セット機の側面から〇・三六五メートル離れて一・〇メートル四方のスタンスマットが敷かれ、右マットには直径〇・九二メートルの円で打撃の際の左右の足を置く範囲が示され、右打撃位置と被告打席用セット機との間に右打撃位置の近くにアイアン用のマットが、その向うにティアップ用のマットがそれぞれ一枚ずつ、設置されていることが認められる。

(二)  セット機は、全体の長さが一・五メートルあり、通路側の位置に練習用のボールを注ぎ込む給球装置部分が幅〇・二三メートル、長さ〇・四九メートル、高さがおおよそ膝頭の下程度の大きさで設けられ、そこから流し込まれたボールは、幅〇・〇八五メートル、長さ一・〇一メートルの部分の内部を伝つてグリーン方向の先端付近まで転がり、その先に設置されたティアームによつて、ティマット上に自動的に供給される仕組みとなつている。右給球装置部分には、隣接する打席にボールが転がらないよう半円状の遮蔽板が設けられている。そして、右遮蔽板面上に長方形の白色の下地に赤字で「注意」と大きく記載され、黒色で「ボールを入れる時、前の打席の人のスイングに気を付けて下さい。」という警告文が掲示されている。

2(一)  《証拠略》によると、練習者は、篭に入つた五〇個程度を一単位とするボールを、右篭の縁を前記セット機の給球装置部分の縁に当てて篭を傾けて直接流し込む方法でボールをセッティングするものと認められ、その際、右セット機に対して正面から注ぎ込んだ場合では、若干中腰となり、顔は給球装置部分のほぼ真上に位置して下を向き、ボールの注ぎ込み状況を目で追うものと認められるが、頭部は前記遮蔽板を越えて隣接する打席内に入り込まないことが認められる。

(二)  《証拠略》によると、原告は、ゴルフ歴一年余りで、本件練習場には、本件事故の数カ月前ころから合計一〇回ないし一五回程度通つていたこと、それまで本件練習場の自己の打席内にいる限り隣接する練習者のクラブが当たる危険性を感じたことがないことが認められ、《証拠略》によると、被告原田は、本件練習場を月二回程度利用するいわゆる常連であるが、同所を利用していて他者のスイング自体で危険を感じたことはないことが認められ、前記1の(一)の本件練習場における打席の状況並びに検証の結果によると、本件練習場の打席において、殊更、クラブを振る軌道を変化させたり、あるいはスタンスマット以外の場所に足を置くなどしてクラブを振つた場合は別として、本来予定されているスタンスマット上の円内に足を定めてティアップ用ないしアイアン用マット上のボールを打つ限り、隣りの打席内にその振つたクラブが入り込まないことが認められ、以上の事実並びに前記1の(二)及び右(二)でそれぞれ認定した事実を総合すると、隣接する打席内に立つてセット機に正面からボールを注ぎ込んでいたとしても振つたクラブが当たるおそれはないものと認められる。

3  《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

(一)  被告原田のゴルフ歴等

被告原田は、身長約一七三ないし一七四センチメートルで、本件事故当時満六〇歳、ゴルフ歴約五年以上を有し、本件練習場を含め、ゴルフ練習場には週二回程度、ゴルフコースには年間一二回から一五回程度出ていたもので、ハンディは二四であることが認められる。

(二)  被告原田の練習状況等

被告原田は、ゴルフ練習場で練習する際には、ドライバー、三番ウッド、五番ウッド等複数のクラブを用意し、概ね、短いクラブから練習を始め、順次、長いクラブに持ち替えて練習し、右の順序を繰り返す方法を用い、クラブの握りは一センチメートルないし一・五センチメートル程度グリップを余して握り、そのスイングは、振りかぶつた際のトップに問題はないが、スイングの軌道がいわゆるアウトサイドインで右肩が突つ込むため、練習に際してはそれを直すこととボールを真つすぐ飛ばすことを心掛け、殊更、スタンスの位置を変則にしたり、スイングの軌道を変えたりしてボールに変化を与えるような打ち方を試みたことはなく、いわゆるゴルフスイングの基本を身に付けるため一回の練習につき一五〇球から二五〇球程度の打撃練習をしていたことが認められ、本件事故時においても同様の練習手順、練習内容を踏襲し、そのスイングの軌道にも特段異常なものはなかつたものと認められる。

この点につき、原告は、被告原田の年齢に加えて、当日一〇〇球以上のボールを打つていることからして、被告原田が相当な疲労状態にあつた筈であり、したがつて、本件事故時の被告原田のスイングはほぼ水平に後に向つて振りぬかれるような形でテイクバックされた特異なスイングであると主張している。しかし、被告原田の年齢、事故当日の打撃数をもつて直ちに右主張にかかるような特異なスイングをしていたことを推認することはできず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

4  本件事故状況について

(一)  本件事故の際、被告原田は、被告打席の打撃位置に近いアイアン用マットの上にボールを置き、三番ウッドのクラブを用いてそのボールを打とうとしていたことは当事者間に争いがなく、右事実と《証拠略》によると、被告原田は、別紙三記載のスタンスマットのサークル内のほぼYで示した位置に左右の足を置いて、アイアン用マット上のボールを打つためテイクバックにはいり、まさにクラブを振り下ろそうとしたとき、ボールが転がる音と人が倒れる音を聞いて異変に気づき、スイングに入らずそのままクラブを下ろしたことが認められ、右事実によると、原告は、被告原田がボールを打つためテイクバックにはいつてクラブのヘッドがトップの位置にくるまでの間にそのヘッド部分が原告の左眼に当たつたものと認められる。

(二)  《証拠略》によると、原告は、本件事故の直前、原告打席のセット機に篭から練習用のボールを入れようとしていたこと、被告原田の動静に全く注意を払わず、同人がセットアップの状態に入つたことを認識していないこと、本件事故直後、左眼に手を当てその場に座り込むようにして前のめりに倒れたことが認められ、《証拠略》によると、被告原田は、右テイクバックの際、クラブヘッドが原告に当たつたことを認識していなかつたことから、倒れている原告を抱え、一旦は、自分の打席用の椅子に座らせようと思つたが、自分用の椅子に座られると困ると考え、原告打席の椅子のところまで原告を連れて行つたことが認められ、右事実によると、倒れこんだ原告の直近に被告打席用の椅子があつたこと、したがつて、原告は被告打席の後方付近で倒れ込んでいたことが認められ、以上の事実に前記2の(二)及び右(一)で認定した事実を併せ考えると、本件事故時には、原告はその理由は定かではないが、被告打席内に入り込んでいたものと認められ、原告打席内のセット機に正面に向かつて中腰の姿勢で立つていたとする原告の供述部分は措信することができない。

三  被告原田の責任について

1(一)  クラブを振ろうとするものは、後方を含め周囲の状況に十分注意を払い安全を確認したうえで、右行為をなすべき義務があることはもちろんであるが、右注意義務の程度は、如何なる場所においても常に一律に要求されていると解すべきものではなく、クラブを振る四囲の状況如何によつてはその程度を異にする余地のあるものというべきである。

(二)  本件練習場は、前記二の1の(一)で認定した構造を有し、各打席はその左右をセット機で区切られ、後方は各打席利用者用の椅子の存在などによつて通路自体と区別され、クラブを振る場所もスタンスマットの存在により指定されているものであつて、各打席は、明確に他の打席と区分されている。そして、前記二の2の(二)で認定したように、本件練習場では練習者がその打席内の定められたスタンスマット上の位置でクラブを振る限り、隣接する打席内に振つたクラブが入り込まないだけの距離をもつて設置され、同時に、前記二の2の(二)の事実によると、利用者においても何ら危険を感じない施設、設備状況にあるものと認められる。

他方、ゴルフ練習場を利用するものは、技術レベルもまちまちであり、全くの初心者であつても何ら区別されていないことは原告の指摘するとおりであり、この点は本件練習場においても同様と認められるが、通常の弁識能力を有するものであるならば、その技術レベルの程度如何にかかわらず、本件練習場の各打席の区分を認識し、かつその打席内で練習中のものに不用意に近寄ることの危険性は十分認識し得るものというべきであつて、仮に、隣の打席内に入る必要性がある場合は、その入る練習者において相応の注意をなすべき義務があるというべきである。

(三)  右(二)の事実によると、少なくとも本件練習場の打席内でスタンスマット上に立つて普通にクラブを振る練習者にとつて、右打席内の空間は、独占的、かつ排他的に右練習者に与えられ、不用意に第三者が入り込んでくることは予想できず、したがつて、かかる練習者は、特段の事情がない限り、周囲の安全を一々確認する義務を要求されるものではないというべきである。

2  前記二の2の(二)の事実、前記二の4の(二)の事実及び前記1の(三)によると、本件事故は、原告が漫然と原告打席内から被告打席内に自己の身体を入り込ませたことにより、被告原田が振りかぶつたクラブのヘッド部分を自己の左眼に打ち当て、本件事故に遭遇するに至つたものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故は、原告自身の過失によつて生じたものと解せざるを得ず、そうすると、被告原田の過失を認めることはできないから、被告原田に不法行為責任を認めることはできない。

四  被告会社の責任について

前記一の争いのない事実の外、被告会社が本件練習場を設置管理していることも、当事者間に争いがなく、前記二の1の(一)によると、本件練習場が土地の工作物であることも明らかである。

1  打席間の距離が不十分であるとの主張について

前記二の2の(二)で認定したように本件練習場の打席において、本来予定されているスタンスマット上の円内に足を定めてティアップ用ないしアイアン用マット上のボールを打つ限り、隣接する打席内にその振つたクラブが入り込まないことが認められ、右事実によると、本件練習場では、打席間の距離が十分とられているというべきであり、原告の距離が不十分であつたとの主張は認められない。

2  保安設備の欠如の主張について

原告は、クラブが後部打席内に侵入しないような防御網等の設備を設けるべきであると主張するが、前記四の冒頭記載の争いのない事実及び前記三の2で認定した本件事故の態様に照らすと、原告の主張は採用できず、そうすると、右設備を設けていないことをもつて本件練習場の設置保存に瑕疵があつたということはできない。

3  安全配慮義務違反の主張について

前記三の1の(二)で認定した事実によれば、被告会社において、練習者が、自己の打席内から、他の打席の練習者が打撃練習を行つている打席内に不用意に入り込むといつた事態までも予想して、危険の生ずることを防止するために監視員を置く義務があるとは認められない。

4  したがつて、被告会社につき、本件事故当時、被告打席内への進入防止の措置が講じられていなかつたとしても、土地の工作物の設置保存(管理)に瑕疵があつたとか、契約上の安全配慮義務の不履行があつたとまでは認めることができない。

五  以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒川 昂 裁判官 石原直樹 裁判官 小林直樹)

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